歩美は案内されるまま、今度は霧子の後をついて行く。

 吹き抜けのような高い天井の広間を通り、奥の間に案内された。

 奥の間には、車椅子に腰掛けた老人がひとり、見事に手入れされた中庭を眺めていた。霧子は老人の傍らに静かに立つと、微動だにしなくなった。


 やがて、老人は歩美に視線を向けた。

 はっきりとした口調で「神坊さんのお嬢さんかい?」と歩美に尋ねた。

 歩美が訝しげに黙っていると、老人は、佐々江冬沙子、と名乗った。


「わざわざこんな所まで来てもらって、悪かったねぇ。物好きで人里離れて暮らしているが、こういう時に人様に不便を掛けてしまう」

「いえ、お気になさらないで下さい。これも仕事ですので」

「そうですか」

「先程、私のことを仰っていましたが」

「神坊さんとは親しくて。貴方のお爺さま。小さい頃の貴方のことも存じあげていますのよ。覚えていませんか。ここにも何度かお招きしたこともあるんですよ」

「何となくですが、記憶があります」

 非常に曖昧な記憶だった。何のために来たのか、誰と来たのかなど、思い出すことが出来ない。

 煙草の臭い。そして広間で大人たちが会合をしていて、すぐ隣の廊下で歩美が遊んでいる。

 三才か四才くらいであろうか。

 そういえば、五つか六つ違いのお兄ちゃんに遊んで貰っていた。

 少しだけ記憶が蘇る。

 艶やかな廊下の上を、三輪車で走ったのだ。その後ろを、お兄ちゃんが押す。

 どこかで同じ雰囲気の顔を、見ているような気がする。