佐々江信平。彫り込まれた木の表札には、そう記されていた。

 和風だが、巨大な御殿である。

 詫び寂をそのまま大きくした雰囲気だ。


 ここへ辿り着くまでに、歩美は村人に何回か道を尋ねた。教えられた道のりは、目的地に近付くほど極めて判り辛くなった。

 何もないと見せかけた地方の農村に、間違いなく潜む中央を脅かす大いなる権力の影……。

 歩美は歩くスピードを速め、口元を強く結んだ。


 入り口の門には、予め使用人が待っていた。初老の小男で、自分は庭師も兼ねているとたどたどしく言った。

 その小男に手引きされ、庭園を抜ける。屋敷まで案内されたところで、一見地味な着物姿の年配の女性が出て来て、歩美に会釈をした。


「神坊様でいらっしゃいますね」


 物腰が柔らかく、ゆったりとした問い掛けは、紛れもなく電話の女性の声であった。

 女性の名は、佐々江霧子。

 大物フィクサーの秘書であり代理人でもある。

 しかし、そんな肩書きは今回の訪問に関係の無いことだ。


「お待ちしておりました。どうぞ、お上がり下さい」

「すみません」

「母は奥の間におります。こちらへどうぞ」