「そう言えば、アユミ、気付いてた?」

 シズカの語尾の調子が変わる。相手の息遣いを確かめるような、低い囁き。高校時代にもやった、二人っきりの内緒話だ。

「何が?」

「天沢のこと」

「アマサワ?」

 わからない。シズカとの接点は高校時代だから、とアユミの脳が記憶を追い求める。

「いたじゃない。三年の時、よく青い鳥をわざわざ見に来ていた……」

「ああ、同学年にいた4組の天沢君ね」

 頭の中で真面目そうな普通の男の子をキャッチする。表情はぼやけてよく分からない。多分、青い鳥を見に来た時に、一言二言、交したかもしれない。

「そう、その天沢。アユミのことが好きだったらしいよ」

「うそっ」

 唐突すぎて、口の中が一瞬で渇く。舌の上に残った粘りさえ、干上がってゆく。

「やっぱり、そんなことだろうと思ったよ」

「ごめん」

 その頃は何も感じなかった。もし気付いていたらどうだったのか? 自分を好きって、どういうことなのか、改めて考える。

「謝ることじゃないけど、少しは気にしないとね。若いんだからさ」

「うん」

「あたしって、おせっかいだよね」

「そんなことない。でも、何で教えてくれなかったのよ」

「気付くでしょ。普通」

 ハッキリとした返事だ。滑舌もすこぶる良い。

「普通って言われても……」

 アユミの口元がとがる。

「判りやすかったよ。天沢のヤツ。隠してるつもりがあったのかも、分からないけど」

 どう判りやすかったのか、などと聞きたくなったのだが、親友と言えども流石に鈍感を晒け出すようで、止めた。

「へへへ、じゃあね」

 シズカは意外にも、呆気なく電話を切った。