【完】八月は、きみのかくしごと



 ずっと褒めてほしかった。

 あの頃のわたしは出来が悪かったろう。ふてぶてしかったろう。可愛くなかっただろう。

 それでも、わたしは母さんに褒めてほしくて必死だった。

 母さんはわかっていた。

 ずっとわたしを見ていてくれた。


 『死んでも、あなたの母さんです』

 
 ああ、これは母さんの別れの言葉だ。

 わたしは頷く。母さんを思って頷くとボロボロと涙がノートに零れ落ちて染みを作る。


 最後のページを捲る。



 『なっちゃん。よく出来ました。頑張ったね』


 母さんの声が耳に蘇る。

 柔らかくて優しい母さんの声。

 ずっとそう呼んでほしかった。

 母さんにそう呼ばれることが、大好きだった。


 ああ、わたしは。

 わたしはこんなにも母さんに愛されていた。

 どれだけ母さんがわたしを大切に思っていたか。


 もっと怒ってほしかった。

 可愛くない態度をとるわたしを厳しく叱ってほしかった。

 母さんを避けてきたわたしに目を見て話せと言ってほしかった。

 母さんはいつもわたしのことばっかりだ。

 死ぬまで、わたしのことを考えていた。

 もっと自分のことを心配すればいい、もっと自分のために残された時間を使えばいい。


 母さんは、もっと自分に優しくしていいのに。


 どうして……

 どうして、わたしは一番大切なことを見失ってしまっていたのだろう。


 母さん、母さん、母さん。


 「母さん……!」

 泣きながら空に叫んだ。