どうして今になって母さんの話をするんだろうと思った。

 違う。きっとずっと話そうとしていたんだ。

 それを逃げ続けてきたのはわたし自身だ。

 責めるでもなく怒るでもなく、お父さんはわたしを待っていたんだろう。

 母さんが死んでからの間ずっと。


 霞む視界の隅で散らばった写真が映る。
 
 向き合わなかった、逃げ続けてきた。

 色褪せることのない思い出たちが、わたしを見ていた。


 「死んでしまっても、母親だからね」

 お父さんの声はまだ微かに震えていた。

 けど、とても柔く、温かい。

 「今でも、夏希の母さんなんだよ」

 愛おしさを滲ませた瞳は強い意思がこめられている。

 それだけは忘れないでほしい、と願うように。
 
 わたしは頷いた。何度も何度も。

 涙か鼻水かわからない滴がポタポタと降ってくる。

 写真のなかでお母さんが笑っていた。

 あの頃と変わらない笑みで。