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目の前には白銀の世界と、手を伸ばせば今にも届きそうな、彼の背中。

──あのとき。もし、わたしが喚いてでも嫌だと言い続ければ、彼は振り向いてくれたんだろうか。



わたしのだいすきだった笑顔で、「おいで」と、わたしに手を差し伸べてくれたんだろうか。

その笑顔を向けられることも、優しい声で「莉胡(りこ)」と呼んでもらえることも、もう二度とないのに。



「莉胡」



ほんとうは、だいすきなんだよって。

いまでも変わらないんだよって。



ばかみたいに想い続けているのはわたしだけで、

泣くのもまた、わたしだけで。



「莉胡。……莉胡!」



──つよく。……強く。

名前を呼ばれて、目の前の白銀が一瞬にして消えた。次の瞬間にはにじむ視界に、不安げにわたしを見下ろしている幼なじみの姿が、くっきりとうつる。




「千瀬(ちせ)……?」



「そうだよ。……ったく。

迎えに来たらまだ寝てるし、寝ながら泣いてるし。呼んでも起きないから、焦るでしょ」



「……ご、めん」



……寝ながら泣いてたのは、説明されなくてもさっきまでの夢が原因だとわかる。

ベッドから身体を起こして、はあ、とため息をこぼしながら両手で頬に触れると左側が軽く濡れていた。どうやらそこに涙が伝ったらしい。



「とりあえず、準備しなよ。学校遅刻する」



辛辣にも言い放ったわたしの幼なじみは、そう言って腕を見せてくる。正確には腕時計を。

アナログのおしゃれな時計の針は、短い方が8、長い方が2を指していて。……8時、10分?



「待っ……!

ホームルームまであと20分しかないじゃない!」