だから、私はたぶん相当油断していたんだと思う。
呑気に鼻歌を歌いながら歩く。
そうそう、さっき倉田先生に貰った飴を食べよう、とポケットに手を入れた。その手元も見ないままそれを取り出し、包み紙を剥いでポンと口に入れる。
レモン味の飴だった。
ちょっと酸っぱくて甘くって、昔からよくある定番の味。それを口の中でコロコロと転がしながら、私は自分の自転車の前まで到着。
でもそこでやっと気が付いたんだ。
自転車の鍵を取り出そうと、さっき飴を出した同じポケットに手を入れる。
しかし、そこには何も無かった。
教室を出る時に、自転車の鍵は飴と一緒に確かにポケットへ入れた。それなら、どうして無くなっているのか。
答えは考えるまでもないくらい簡単だった。
飴を無造作に出した時に落とした。
つまり、私は食欲に気を取られて鍵の存在が頭の中からスポンと抜け落ちていたという事だ。
慌てて今来たばかりの通路を振り返る。薄暗い通路。そこには男の人が1人、こちらに歩いて来ているだけだった。