「…大雅」
絢が部屋に戻ったのを確認した兄貴は、ドアから軽く顔を出したまま俺の名前を呼んだ。
「ん?」
「…許さないから」
「はぁ?」
「…絢に手出したりしたら」
「何それ」
会話聞いてたのかよ。
今まで俺の気持ちに気付かなかった兄貴が悪いだろ。
「兄貴こそ、絢のこと幸せにできなかったら許さないし」
最後くらい。
カッコつけたいから。
「バーカ」
バカは兄貴の方なのに。
振られたやつを目の前によく悪口を吐けたもんだ。
「うるせーよ」
「…ずっと、我慢させててごめん」
「……っ」
兄貴は、俺の部屋に入ってくると、俺の前まで歩いてきた。
「大雅は昔から、おもちゃもお菓子も、全部我慢してすぐ俺に譲ってくれたよな」
「…さぁ」
「バカな兄貴でごめんな。ありがとう。ちゃんと幸せにするからさ」
兄貴はそう言う、俺の頭をクシャッと雑に撫でてから、部屋を出て行った。
女のことで男が泣くなんて、カッコ悪い。
そんなこと、わかってるけど。
俺はそんなに男でもなければかっこいいやつでもない。
女々しくて臆病だ。
『ちゃんと振られた』
その事実を喜べるほど俺は大人じゃないから。
今日くらい。
1人で思い切り泣くのも
悪くない気がした。
─────絢、幸せになってくれ。