反射的に、あたしは下を見る。


そこには、ちょうど真下の階のベランダから飛び出した、夜闇に浮かび上がる顔。

手すりに背中をつけて、仰向けになってあたしを見上げている男だった。


「――――だっ、誰!?」


驚きのあまり、あたしの声は思いっきり裏返ってしまった。


男は顔をしかめ、右手の人差し指と中指の間に挟んでいた煙草をすーっと吸った。

その煙を上に向かって(つまりあたしに向かって)ふーっと吐き出して、一言。


「…………1405号室に住んでる佐藤だが、何か?」

「………いえ、別になにも」


男―――佐藤はもう一度、煙草に口をつけた。


「あのさあ、お前」

「はいっ?」

「今から死ぬの?」

「えっ」


『今から帰るの?』と変わらないくらいの軽さで問われて、あたしのほうが驚いてしまう。


佐藤は無表情のまま、手すりに両肘をついて、仰向けにあたしをじっと見上げている。


「………えーと、あの」

「今、飛び降りようとしてただろ?」

「あ、はい。そうなんです」


―――あたしったら、なにを素直に認めてるんだろう。

でも、あんまり平然と訊かれたもんだから、あたしもぽろりと本音を口に出してしまったのだ。