「今もお腹の中で内臓を容赦なく蹴っ飛ばしてくれてたりするけど、元気だなぁっていうのは嬉しいよ」

「な、内臓……」


 胎動とかって、お腹の中で赤ちゃんが動くってのは私も知っている。
 でも、内臓を蹴っ飛ばされるというのは初めて聞いた。

 でも、赤ちゃんの入ってる子宮も内臓なんだよね。
 子宮のすぐそばにはいろんな臓器があるんだから、確かにそうなるのかもしれない。

 赤ちゃんにはそんなことわからないだろうし手加減なしだろう。
 内臓蹴っ飛ばされるって、どれぐらい痛いのかな。
 っていうか、大丈夫なの?

 お腹を蹴られて痛いからって、やっぱりやめたってわけにはいかない。
 十月十日、ずっと赤ちゃんを一緒にいて育てなきゃいけない。
 生まれる前から、ずっと育ててる。


「たまにね、お腹の上からここ足かな〜って、お腹の中から突っ張ってきたりするのよ。朋絵も、よーく見たら服の上からでもお腹がうごめいてるのわかると思うよ」


 ほらほらとお腹を指さすお姉ちゃんに、じっとお腹を見つめるとうにょうにょ〜とお腹が波打った気がした。


「ほんとだ……」


 前にお腹さわらしてもらってるときに、ぽこんと手を蹴られたことはあったけど、これは初めてだった。
 外から動きがわかるぐらい、大きくなったんだなぁ。


「胎動の数かぞえたりして、健康管理してるのよ」


 お姉ちゃんは、優しくお腹をなでている。

「障がいによっては生まれてすぐに処置が必要だったりするから、あらかじめ知っておくのも大切なんだろうけど……結局しなかったしね」


 最近なにかと話題の出生前診断。
 お腹のなかの赤ちゃんに障がいがあるかどうかっていうのを、今までよりも簡単に安全にわかるようになったっていう。


「お姉ちゃんはなんでしなかったの?」


 もし検査で障がいがわかったときに中絶を選ぶ夫婦が多いのではないか。
 それは、命の選別につながるのではないか。
 いろいろと問題視されていたりするともいう。

 中絶したくなるのが怖いから、やらなかったのかな?


「え、お金?」


 けど、返ってきたのは拍子抜けするほど現実的な答え。


「だって二十万だよ、二十万! 医者にすすめられたら考えたかもしれないけど、ないってことはリスク高くないのかなって思うし、だったら産んだ後用に貯えとくわ!」


 きっぱりと言い切るお姉ちゃんが頼もしかった。


「あれ、なんか虐待の話だったのにズレちゃったね」

「ううん、ありがとう。参考になった」


 傷だらけの体で、私はお姉ちゃんに微笑みかける。

 私には考えの及ばない妊婦さんの気持ちを知るのは、きっと千奈美のためにもなる。
 もちろん、将来妊娠したら私のためにもなる。


「生まれてくることが、この子にとって幸せなんだろうかって思うこともあるよ。産むなんて、私のエゴなんじゃないかって」


 お腹を愛おしそうになでながら、そこで言葉を切ってうふふと笑う。


「ねぇ、知ってる? 赤ちゃんってね、産道の中をくるくる〜って回りながら出てくるんだよ」


 とっても綺麗な笑顔。


「赤ちゃんも狭い産道を頑張って下りてくるだ。生まれてきたくて、頑張るんだ」


 まぶしい気がして、私は少し俯いた。
 まぶしくて、見ていられない。