「それでね、その時、ワタシが言ってやったのよ」

「”おいオッサン、彼女嫌がってるじゃないか”って?」

「そうそーう、正解!よくわかるわね」

「あなたのことならなんでもわかるわよ、その光景が目に浮かぶもん」

ワタシの声色を真似る彼女だけど、その声色は可愛らしい。

「いざっていう時、急に男の人に化けるんだもん、みんな驚くわ」

朗らかにワタシを見つめて微笑む彼女。

そう、ワタシの……、オレの、彼女。


中性的な見た目をしているからか、母親の仕事の影響からか、物心がついた頃には、オレの周りに溢れるモノは、女性もののモノが多かった。

外に出れば女の子に勘違いされることなど日常茶飯事だったし、いちいち否定することも面倒だったし、いつからかオレは”ワタシ”を演じるようになった。

それが苦だとか、楽だとか、そんなように考えたことはなくて……オレの”普通”だった。


「そろそろ出ましょう、午後のアポに間に合わなくなってしまうわ」

「あら、もうそんな時間なの」

傍から見れば、オレと彼女は仲の良い女の子同士のお友達にも見えるだろう。

こう振る舞うようになってから、普段はオレは女性のような声色で話しているし、見た目だって彼女のしているそれとなんら変わらない。


「見て、ほら、あれが…」

「ああ、噂の……」

彼女と店を出れば、雑踏を歩く人々に後ろ指を指される。

「あれ、彼女なの?」

「ええー? ただの友達でしょ。だってカノジョ、若手社長といい感じって聞いたよ」

根も葉もない噂の数々。

いちいち相手にするのも面倒で、否定することをやめたら、どうもそれは全部、世間ではワタシの本当のことになってしまっているらしい。


「どうしたの? 間に合わなくなってしまうわ、こっちよ?」

数歩進んだ先で、彼女がオレを振り返り、待っている。

「ごめんなさい。少し、忘れ物したかと思って、ぼーっとしちゃったわ」

「忘れ物? 取りに戻る?」

「いいえ、ポケットのなかにあったから、大丈夫よ」

「そう」

何事もなかったように微笑むけれど、その表情は無理をしてつくっているものだ。