「蒔絵の口座には一億の金がある」


うん、知ってるよ。


心の中でそう言うが、驚いた風を装って目を見開いてみせた。


「一億?」


「一億だ。正確には一億六千万八百九十万円だ。今日の葬儀でお前もわかったと思うけれど、蒔絵に身内はいない。両親を早くに亡しくてずっと施設で育っていた」


そういうお父さんの目がギラギラと輝いてくる。


「つまり?」


「つまり、この金は俺とお前で折半だ」


その言葉にグラリと世界がひっくり返る。


一億六千万八百九十万円。


割る2。


「お父さん、あたし、そんなにいらない」


「なにを言ってるんだ、これはちゃんとした遺産だぞ? 犯罪でもなんでもない」


『犯罪』という言葉に心臓がドクンッと大きく跳ねた。


そう、これは犯罪ではない。


あたしはカタログにサインをしてもらっただけだ。


そしたら、あの女が同じように死んだだけ。


関係性はどこにもない。


ドクドクと跳ねる心臓を悟られないようにしながら、あたしはスッと息を吸い込んだ。


「あたしは六千八百九十万だけでいい。一億はお父さんにあげる」