この人は悪い人じゃないと思っていた。

村の人たちから慕われ、守り神であるエーデルが行方不明になっていると言った、あの時のザハラはとても悲しい顔をしていた。
 
だから彼女は悪い人じゃないと、心からそう思う事が出来た。

なのに……なのに! 私は目の前を歩くザハラの背中を睨みつけながら唇を噛んだ。

✩ ✩ ✩

ザハラに連れて来られたのは古い闘技場だった。

「……闘技場?」
 
闘技場と言っても、そう呼べるのはもう難しいだろう。

全く手入れがされていないのか、積み上がっている瓦礫の間からはツルが伸び、客席の殆どは崩壊してしまっている。

「まさかここで、あなたと戦えと言うんですか?」

「そうです」
 
その言葉に私の心臓が大きく跳ねる。今の私は魔法を思うように使う事が出来ない。

なのに……戦うことなんて!

「……一つ聞いても良いですか?」

「なんですか?」

「さっきあなたが言っていた、仕えるのに値する存在って、どういう意味なの?」
 
私の言葉にザハラはなぜか驚いた表情を浮かべた。その姿に私は小さく首を傾げた。

「まさか自覚がないのですか?」

「っ!」
 
自覚がない。その言葉は前にサルワにも言われた言葉だった。

【まさか、魔人族としての自覚がないとは思いませんでした】と。

その言葉が再び頭の中で流れると、私の体は震え始める。  

ザハラはその事に気づくことなく、軽く息を吐くと口を開く。

「では、あなたに詳しく話しておきましょう。魔人族と竜人族の関係を」

「魔人族…………!」
 
風が私たちの間を通り抜けていく中、闘技場に居る私たちの姿を、ある人物が傍観していた事に、私たちは気づかなかった。