「でも……一度だけ」
 
たった一度で良い。少しだけでも良いから、俺の生まれた場所をこの目でもう一度見たかった。

この森では確かに辛いことや苦しい事がたくさんあった。

でもそれ以上に、この森で母上と暮らしていた俺は心から幸せを感じていたんだ。

それを忘れることなんて出来るはずがない……。

「四十年も経って俺だって成長している。もう、大丈夫だ」
 
そう自分に言い聞かせ、覚悟を決めた俺は真夜中の森の中へと足を踏み入れた。

✩ ✩ ✩

四十年振りに足を踏み入れた真夜中の森は、変わらず静寂の世界が広がっていた。

月の光が差すこともなく、永遠の夜が目の前に広がっている。
 
しかし、そんないつもと変わらない真夜中の森に俺は何処か違和感を感じていた。

「……なんだ?」
 
この森には俺たち三種族以外にも野生の動物がたくさん生息していたはずだ。

しかし今は動物の気配は感じ取れず、直ぐ側にある木々には木の実や果実すら実っていない。
 
まさか縄張り争いの戦争が影響しているのだろうか?

「四十年前までは縄張り争いなんてなかったのに、いったい何がきっかけで……」
 
あの頃はそれぞれの種族たちが、エアに与えられた領地で満足に暮らしていた。

決して縄張りを争って戦争を仕掛ける事もなく、それぞれの距離を持って種族同士交流しあっていた。

狼人族だって兎人族とは仲良くやっていたはずなんだ。

俺の記憶の中にも、食料交換でよく兎人族たちが村に来ていたのを覚えている。

それだと言うのに、何がきっかけで戦争を……。