ヴェルト・マギーア ソフィアと竜の島

「そんなことじゃ、この先大切な人を守ることなんて出来ないぞ」

「っ!」
 
俺の心を読んだのか、ブラッドさんは鋭い目を浮かべながらこちらを振り返っていた。その目を見て俺の体に鳥肌が立つ。

「要らない同情は持つべきじゃない。お前も守護者になったんだから、そんな感情に振り回されても、良いことなんてないんだぞ」

「で、でも……」
 
ブラッドさんは俺からヨルンへと目を移すと、その後は特に何も言うことなく踵を返す。

「後で話してやる。俺がなぜエアの代行者なんて名乗っているのか、そして魔剣とは、守護者とはなんなのかってな」

「……」
 
俺はそう言うブラッドさんの背中を見ることしか出来なかった。そして拳に力を込めて、ヨルンへと目を戻した時だった。

「ヨルン!!」
 
頭上から俺たちの姿を見つけザハラが、ヨルンの側へと下り立った。

ザハラはヨルンの体を抱き起こすと涙を流した。

「ヨルン……、どうして……どうしてこんなことを!」
 
ザハラの声に気がついたのか、ヨルンは閉じていた目を開いた。そして直ぐに苦笑した。

「どうしてって……。そんなの、簡単なことですよ……」
 
ヨルンはそう言うと、残された力を振り絞って彼女の頬に手を当てた。

「あなたに……巫女になって……欲しくなかった」

「……えっ」
 
その言葉に俺は目を丸くした。俺以外にも、ロキとムニンも目を見張っていた。

「あなたは……泣き虫だし、弱虫だし、エーデルがいないと、……僕が居ないと何も出来ないじゃないですか」

「……ヨルン」

「だから……あなたには、巫女なんて……似合いませんよ」
 
するとヨルンの体が黒くなっていっている事に、ザハラは気がついた。

その姿を見て更に涙を流したザハラの姿を、ヨルンは更に苦笑した。

「はは……ほら、また直ぐ……泣くじゃないですか」

「だって……」

「これじゃあ……安心して死ねないじゃないですか……」
 
ヨルンの体は黒くなると、そのまま形を残すこと無く空へと消えていく。

「ま、待ってヨルン! 私、まだあなたに大切な事を言っていないの!」

「良いですよ……そんなこと、今更僕に何を言ったところで……」

「私はあなたが好きでした」
 
彼女の言葉にヨルンは目を見張った。

「小さい時から側に居てくれたあなたが大好きで、辛かった時も悲しかった時もずっと側に居てくれて、だから私は頑張る事が出来たんです!」
 
その言葉にヨルンは目を瞬かせると空を仰いだ。

「はあ……それが僕にとって失望させるだけの好意だって、分からなかったんですか?」

「それは……」

「……まあ、でも」
 
ヨルンは最後に微笑むと言う。

「悪い気はしませんよ」

「っ!」

「あなたなら……きっと立派な巫女になれますよ。その成長を……傍で見守る事はもう出来ませんけど」

「ま、待って、ヨルン! 行かないで!」
 
ヨルンはそのまま優しく微笑んで、黒い粒となって消えていった。

「……っ。ヨルン!」
 
ザハラは最後に残った、彼が付けていた額当てを抱きしめながら声を上げて泣いた。

そんな彼女の姿を、俺たちは見ていることしか出来なかった。

【要らない同情は持つべきじゃない】
 
その言葉を思い出した俺は、ブラッドさんが歩いていった方へ目を向けた。

「……ブラッドさん」
 
まさかブラッドさんにも、過去に何かあったんじゃ? 

そんな考えがふと頭を過った俺は、手の中にあるエクレールさんを見下ろしたのだった。