「森田さんって、救命で働いてどのくらい経つんですか?」


不意に元気な声に話しかけられて顔を上げると、看護実習に来ている19歳の若い女の子が私をキラキラした目で見つめていた。

そうだ、今は仕事中。で、ミーティングルームで実習生に指導していたんだった。考え事をしてしまっていた。

自分の集中力の無さにうんざりしながら、「5年かな」と力なく笑う。
目の前の無垢な瞳が、なんの疑いもない瞳が、私に向けられた。それは本当に光って煌めいていて、何かに似てると感じた。


「すごいなぁ、こんな過酷な現場で働き続けることが出来るなんて。私、実はたった1週間で心が折れかかってます」


苦笑いの中にも毒気がない彼女の言葉が、私の前に立ちはだかる。鏡みたいに、強く強く反射してくるのだ。
まるで自分自身と戦ってるみたいに。


「こう見えて何度も心は折れてるのよ」

「でもちゃんと乗り越えてきてるじゃないですか。尊敬しちゃいます〜。さっきなんて高速でルート確保して、バイタル確認して。気づいたらレントゲン介助してましたよね?」

「それは5年もいれば出来るようになるわよ。現場にいれば嫌でも慣れてしまうの」


そんなに私のことを敬ったりしないで。
こんなちっぽけな私のことなんて。


「あんなに阿吽の呼吸で治療にあたっても、それでも助けられない人がいると、もう泣いちゃって立ってられなくなっちゃって。そういうのも、耐えられるように心が鍛えられていくんですね」


核心をついたような、19歳の彼女の呪文みたいなセリフ。今の私のグラグラしている気持ちを見通してなんかいないだろうに、一瞬なんと返していいのか分からなくなってしまった。

そして、気がついた。

彼女の目は、敬佑くんに似ているのだと。

それは彼と彼女が同じ19歳だからなのか、純粋な心を持っているからなのか、社会人経験が無いからなのか、何故なのかは不明だ。
でも瓜二つだった。

澄んだ瞳がある場所、そこに私は戻れない。


そうね、と、どことなく掠れた声でうなずいた。


「毎日のように生死をさ迷う人と向き合うから、いちいち泣いてられないの。悲しみに寄り添うことしか出来ないから」


私は、ロボットだ。