雨宿りの法則



「ずっと気になってたんです。響さん、あれからどうしたんだろうって」


駅まで、あと少し。
信号待ちの車の中で、敬佑くんがポツリとつぶやいた。
私は窓の外に視線を移したまま、彼の声に耳を傾けていた。


「あのままじゃ、響さんはきっと壊れてしまうんじゃないかと心配でした。でも……、元気そうで安心しました」

「………………逃げたんだもの」

「え?」


つぶやきにも似た私の言葉は、彼にとっては意外なものだったらしい。すぐに聞き返してきた。
私はぐるりと彼に向き直ると、少し見開いた彼の目を見つめながらハッキリと言った。


「私は逃げたのよ、現実から。楽な方に、自分が苦しまない方に」

━━━━━そして、あなたからも。


戸惑い気味の彼の瞳が、ハッと我に返ったようにそらされて前方へ向けられる。
信号が青に変わったらしい。
車は動き出し、やがて駅の入口に程近い路肩で停車した。

ハザードの音と、雨をかき分けるワイパーの音が車内に妙に響き渡る。


「響さん、あの……」

「敬佑くん」


何かを言いたげな彼を遮るように、私は素早くシートベルトを外しながら言葉を続けた。


「送ってくれてありがとう。こういうのはこれっきりで。さようなら」


我ながら驚くほど流れるように車からするりと降りて、雨が降るなか小走りで駅の入口まで向かった。
敬佑くんが私を呼び止めるような声が聞こえたような気がしないでもなかったけれど、足を止める気はまったく無かった。


駅の構内へ向かう階段を駆け上がりながら、「あ……」と声を漏らす。

折りたたみ傘を、彼の車に置き忘れてしまった。


「傘なんてあったって、意味ないじゃない」


自分で自分のバカさに笑いそうになりながら、今日は濡れて帰ろうと観念した。
全部雨が洗い流してくれたらいいのに、と思いながら。