「はじめまして、結ちゃん」

そう言ってふわりと笑った彼は、カザミと名乗った。

「はじめ、まして……」

私はどうしようかと悩んだのちに、おどおどしながら言った。

『はじめましてじゃなかったら、ごめんね』。なんて思いながら。

彼が『はじめまして』と言ったんだから、別に私がはじめましてと返してもおかしくないと思うけれどそれでも――――


『君が―――』

もしも彼が私に愛をささやいてくれた『誰か』だったら、悲しいから。


私には記憶がない。

知識はある。けれど経験の記憶がない。

私がなぜこの家に住んでいるのかも、カザミと名乗る彼がなぜここにいるのかも、知らない。

私にある唯一の記憶は、優しくささやいてくれた少年の言葉。

『君が好きだよ。
 どんな危険な状態にあったって、君が僕を嫌いになったって永遠に……ね』

あの言葉に、私はなんて返したんだろう。

「『ありがとう』?」

「……結ちゃん、どうしたの?」

「え、あ……なんでもない、と思う」

思わず口に出た『ありがとう』。私はそう答えたのかな?