「……麻里」


今日は金曜日。


すっと声が一段低くなったので構えれば、思った通り、ぶわりと途端に色気が漂う。


あ、伊波くん眼鏡取った。

きた。これはきた。


声が一段低くなって眼鏡を取って私の名前を呼んだら、変なスイッチが入って、伊波くんがおかしくなってしまうのは確定だ。

……ここのところずっと、そうなのだ。


「俺と結婚してみない?」

「え、やだ」


即答した私に、へにゃりと眉を下げた目の前の人。


美しいその瞳を、眼鏡のレンズ越しに呆れて見つめる。


「何で駄目なんですか麻里ー……」

「だって伊波くん俺とか言わないでしょ」


伊波くんは「俺」とは言わない。

たとえ言うとしたって「俺と結婚してみない?」じゃなくて、「僕と結婚してみませんか、麻里」だろう。せめて。


それに、私にとって結婚は、してみるものじゃなくてしたいものだ。


その言い方はあんまり嬉しくない。


「…………」


むう、と膨れ面を作る彼氏さんは、相変わらず金曜日だけ変になる。


金曜日の夜、私と伊波くんが二人きりのときだけ、明らかに——変に、なる。