「っ待って!」

「…え、」


不意に鼓膜を叩いたその声に、半分雨の中に身を投げたまま振り返る。

瞬間目に入ったのは、漆黒の髪にグレーの瞳。

きっと、わたしと同い年か少し年上。

中性的なその顔は驚くくらい整っていて、どこか違う世界にいるような錯覚を起こさせる。

ふ、と。
光の角度によって微妙に変わる瞳の色に思わず息を呑んだ。

目が合うと彼は小さく微笑んで。


「これ」


よかったら使って、とわたしに一本の傘を握らせた。

濡れた髪から雫が伝って、彼と同じ黒い傘に染みをつくる。


「…あ、と、走って帰るから大丈夫です!」


なんて。被ったブレザーを慌てて指差して傘を差し出す。


「それに、あなたが濡れちゃう」

「俺はまだ学校に残るから平気」


きらり、胸元のダイヤのバッチが濡れて煌めく。

よく見れば彼の胸元にも同じバッチがついていて。

そこでようやく、彼が同じ制服を着ていることに気づいた。


(でもわたし、彼を知らない)