緋女 ~前編~


母の追いかけても手の届かない背中。

私が何か叫ぶ。

母が私に足も止めずに問う。

私はそんなことどうでも良かった___。




「………んっ」

誰かが私を上から覗き込んでいる。視界がぼんやりして顔がよく分からない。

「……母さん?」

そう聞いたのは無意識な願望。

その瞬間、私の首に覚えのある苦しみが襲った。

苦しくて、でも声が出なくて、ふいに思った。


「ケイ………?」


その言葉に彼はパッと手を離した。

私の肺に空気が入る。貪るように空気を夢中で吸った後、私は彼の傷ついた瞳に出会って笑った。


「ずっと私についていてくれたの?」


そう何もなかったように笑った。

だって何を言おうとまたお互い傷つくだけで、何にもならない。

せめてなかったことにする。
傷ついた事実も、他の何もかもを。

彼の過去も、

私の過去も。


「レヴィア様………」

彼が困った瞳で言う。

だが私はその彼の呼びかけには応じない。

代わりに

「そうなんだよね?」

そう同じ質問を念を押すように繰り返す。それが二人のためだから、彼がうなずくまで譲るつもりはなかった。

彼と永遠の時を見つめ合う。


私は笑顔で彼は困った瞳で。



「__はい」

彼がやっとうなずいたのを見て、私の口の端がつり上がった。


「ありがとう」


この歪んだ笑顔に嘘はない。

目覚めたとき首を絞められているよりも、独りだった方が怖い。

母のことを忘れたなんて思い込み。

本当は意味の分からない世界の、あるかも分からない魔法にすがって、私はまた同じ夢を見ている。

そしてまたいい子を演じる。


私の十七年の幻想は簡単には消えてくれない。

私は今も偽り続けていた。

母のためなら周囲を平気で欺く。それも限りなく無意識に近い形でやってしまう。

今も昔も変わらない。



だが思えば、私は自分自身に偽るのが一番得意だった。