「……ちょっと」
私は部屋にいつの間にか着いていた。
繋がれた手を離そうと試みるがしっかり握られていて振りほどけなくて出たその言葉。
でも、ケイは私に背を向けて黙ったままだ。
もどかしいほどの沈黙に耐えられなくて、彼の瞳をそっと覗く。
「………ケイ?」
その今にも溢れてしまいそうなほど、月光に輝く瞳に出会って戸惑う。
「なんかあった?」
怒っていたことも忘れて、不器用に彼の目の前に立つ。
「………」
沈黙していた彼は私を瞳に映すと、しばらくしていつも通り過ぎる無感情な声で答える。
「何も」
短いそれ。でもその嘘つきな唇より、私はその瞳に答えがあることをもう知ってる。
「ねぇ」
何かどうでもいい話をしよう。
彼の気が紛れるような本当にどうでもいい話。
「私ね、初めて友達ができたんだ。この年でって思うかもしれないけど、本当。王子っていい人だよね?」
けど私は間違ったんだ。
「___黙れ」
ケイがそう言ったから。
黙った方がいいのは分かってた。今日、この部屋を出る前に嫌というほどそれを感じた。
だが彼の愛憎に満ちた瞳に、私は黙れと言われたが何か言わずにはいられなかった。
「なんで?」
その言葉に彼がこちらを睨むのにも気づいた。
でも私は止まらない。
「だって、ケイって王子には優しいじゃない? それって何か理由がある………。王子のこと好きなんでしょ?」
彼はその言葉に私の手を離して、逃げるように目を反らした。ここまで動揺するのも初めて見た。
「………そういう趣味はありませんが」
「茶化さないで。私だってそういう意味の好きのこと言ってるわけじゃない」
愛憎の瞳にひるむことはもうなかった。
この機会を逃すつもりも………ない。
この部屋を出る前に諦めた答えを今なら聞ける気がしたのだ___。
「非女は貴方に何をしたの? ………だから、私のこと恨んでるんでしょ?」
いい子でいることが愛されない自分をせめて肯定できる唯一だった日々。
私は母とぶつかったことが一度もない。
もし、そうしていたら?
全く意識していなかったが、彼にぶつけた質問でその答えを見つけられるような気がどこかでしていたのかもしれない___。



