緋女 ~前編~


「あっ、その………ケイ。僕はそんなつもりじゃ___」

その言葉に動揺したのは王子の方だった。

何を怒っているのかは知らないが、私はケイが婚約を黙っていたことを根に持っていた。

「謝んなくていいよ」
 
そう言ってケイの存在を無視するように、王子に首をかしげた。

「明日のいつが都合いい? 王子に合わせるから。ごめんね、あの人に聞いた私が悪かった」

そうわざとらしく言ってあげると、やっと彼は振り向いた。



「明日のレヴィア様は午後しか空いておりません、王子」


僅かに含まれた怒気に私も王子も気がついた。


「そうなんだ。あっ、えっとじゃあ、今日と同じ時間にここってどう?」

明らかに焦った声の王子を横目に、私はケイへ向き直った。

「さっき好きにしていいって言ったよね?」

私は半ば喧嘩腰。

「ええ。今予定を思い出しました。すみません」

そう謝られると弱い私は、不満を抱いたまま王子にうなずいて見せた。

「うん。じゃあ明日同じ時間、この場所で」

この場を離れるのが嫌になった。

ケイにこのあと憎しみの瞳で何か言われることしか想像できない。

正直、もうそれに耐えられる気がしない。

なんでだろう?

「___待ってるから」

気がつけば王子にそう言っていた。

王子といる時間は不思議なくらい安心した。

欲しいものはそこにないけど、独りじゃない二人の安心感がある空間。

どちらかが望まなければ崩れない絶対の関係。



そこは心地がいい閉ざされた鳥籠の中。

空に憧れながら、飛ぼうとしない私たちにはちょうどよかったのかもしれない。