ショウは不貞腐れてその場に座り込んでいる。
きっと自分のことをまるで無視されているのが気に入らないんだろう。
まあ、うるさい奴がいない方が都合はいい。
「ルール、ありますか?」
私がそうおそるおそる聞けば、先生は間髪入れずに答えてくれた。
「魔法を相手に発動しないこと」
「………えっと、はい。分かりました」
ほかにも何かあるんじゃないかとも思うけど、どうせ負けるのだから聞いても仕方ない気がしたので、質問するのはやめた。
私が黙ったのを見てとって先生が体勢を低くして構える。
「いくぞっ」
先生がこっちに目にも止まらぬ早さで突進してくる。また魔法で防いでしまわないか、正直心配なのはそこだけだ。
ルールを守った上で負ける。
私は魔力を使わないように全神経を使った。恐怖を押し込めて繰り出される拳を真っ直ぐ見つめて目を背けないようにする。
が、拳は私の鼻先で止まった。
「__なめているのか」
あまりにも低い声。
「いえ、……そんなことはないんですけど?」
怒られるようなこと何かしたっけ?
「眼鏡、殴ったら割れて目に入るぞ」
あっ、すっかり忘れていたがその通りだ。
グリーオグ・レンの文字がすんなりと読めたのも、意識してなかったがこの眼鏡のおかげだろう。
「すみません。ありがとうございます」
そう言って慌てて眼鏡を外して先生に向き直る。
「……やっぱり、先生はチョロいですね」
私はそう笑った。嫌な笑いじゃなくて、微笑むような。
どんなに体が大きくて怖い顔して実力がどんなにあろうとも、優しい先生は弱い。
そしてそこがいいんだと、そう思う。
ほら、ショウが苦笑してる。
きっとショウがここに連れてきたのも、先生とだけは仲がいいのも、そういうこと。
そこで先生が私をボーッと見つめていることに気づいた。
「……セルヴィア様と同じ瞳」
そっと呟かれた台詞に私は固まる。
知るはずのないようなその名を遠い昔に聞いた気がした。



