「__ケイは強いね」
彼女がぽつりと呟いたのを俺は聞いた。
けど、あえて黙って聞いてやることにする。
それに気づいているのかいないのか、彼女は語り始めた。
「本当はね、今日の夢にケイが出てきた」
その言葉は予期していてもいいほどの、不思議でもなんでもないものだった。だがそんな思いとは裏腹に俺の鼓動が早まる。
「走っても、走っても母さんには手が届かないこと知ってた。それでも走って、なぜかその背中はいつのまにかケイになった。でもその時私は、ケイは振り返って私の首を絞めるために戻ってくると思っていた」
「俺は………もう、首を絞めたりしない」
「ふふっ、ありがとう。__優しいケイは大嫌いだけど」
笑顔で俺を大嫌いだと言う彼女の瞳は揺れている。
「変な話だよね、優しくされたら普通喜ぶのに」
「………」
「あの日ね、母さんが出かけようって言ったの」
「いつもは私より早くなんて起きないくせに、朝ごはんまで作って私を待ってた。今思えば、母も多少は私を捨てることに罪悪感があってそんなことしたのかも」
自嘲するような歪んだ笑顔。
そういえば彼女はよくそういう顔をしていた。
そんな時、俺は彼女によく手をのばしかけて、やめて、イライラした。
でも、自分もよく同じような笑顔を浮かべているなんて思いもしない。
それが彼女を傷つけていることも。
「それでね、どこに出かけるのかと思ったら、山なの。変なチョイスだった。運動なんてしているとこ、見たこともないのに」
今、彼女を抱きしめたら、また大嫌いだと言われるのだろうか?
彼女に嫌われる行為はしたくない。
またのばしかけてやめた手。
ああ、腹立つ。
___どうしようもなく、情けなくて。
「そして、そこで捨てられたの。だから、私は優しくされるのが嫌いなの。あの日みたいに捨てられてしまう気がして」
その馬鹿みたいな笑ってない笑顔。
「だから、これ以上私に優しくしないで」
彼女からの拒絶。
やっと手に入れたと思っていたものが離れていく。
「………優しくなんてしたことないだろ?」
実際、のばしかけの手はいつも彼女に触れずに戻ってくる。
迷わずのばせたのは彼女の首を絞めた時だけ。
俺はさっき首を絞めないと約束はした。
けど、彼女に優しくするなって言われて。
それはでも、俺の優しさなんかじゃないんだ。
彼女が傷つけば俺も傷つく。
それだけの話なんだよ。
「だけど俺は、味方は大事にする」
「えっ、ちょっ」
俺の手にやっと彼女がおさまった。
「みすみす捨てたりなんかしない」
彼女を好きになったらゲームオーバー。
たぶんあの人と同じ道を行くことになるから。
でも、あの人と俺は違う。
こいつも非女、否__深非の君とは違うんだ。



