朝、私は学校へ行く準備を始めた。
制服も、バックも、教科書やノートも、全部涼香のもの。
遥香だってバレないためには、こういうところも徹底しなければならない。
朝ごはんを食べて、支度をして。
涼香が生きていた頃と何も変わらない日常。
「行ってきまーす!」
私は、いつも通りの声でそう言った。
「・・・いってらっしゃい。」
お母さんも返してくれる。
「おはよ!」
「直斗!おっはよー!」
家の前では直斗が待っていた。
2人で並んで歩き出す。
話している間、直斗は1度も"涼香"と呼ばなかった。
学校に着くと、痛いくらいの視線を感じる。
ヒソヒソと話す声も聞こえた。
おそらく、遥香のことを言っているんだろう。
「あの子でしょ?一緒に事故にあって、双子の兄弟が亡くなったのって。かわいそ〜」
「・・・可愛そうだけどさ〜。よくあんな平然としてられるよね〜」
わざと聞こえるように言っている人もいる。
なんでそんなふうに言われなくちゃいけないの?
「・・・大丈夫か?」
直斗が心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫だよー!」
私はそれに、笑顔で答えた。
大丈夫だと自分に言い聞かせないと、私が壊れてしまいそうで。
私たちはクラスの前で別れた。
私が"遥香"の時は同じクラスだったけれど、今の私は"涼香"だから。
教室に私が"遥香"だとわかってくれる人がいないのはとても辛い。
けれど、これは仕方がないことなんだ。
だって私は涼香だから。
私は教室のドアを開けた。
「・・・っ涼香!!!」
私のことを捉えたクラスの人達は、一瞬目を見開いて固まった。
そして、1人の女の子が抱きついてきた。
確かこの子は────
「莉心(リコ)、苦しい・・・」
「ああ!ごめんねっ!嬉しくてつい!」
彼女は寺内莉心(テラウチ)。
このクラスで1番涼香と仲が良かった子。
涼香の友達は、私の友達でもあったから、全員の名前を知っている。
涼香がなんて呼んでいてのかも。
私は席につこうとした。
けれど、涼香の席を知らない。
席を聞いたら、不審に思われる。
どうしよう・・・。
「・・・あ!」
私が心の中で焦っていた時、莉心が思い出したように、突然声を上げた。
「ごめんごめん!席わかんないでしょ?・・・席替えしたんだー!」
莉心の言葉にホッとした。
とても、ラッキーだと思った。
「涼香の席はこっちだよー!」
案内された先は、窓側の後ろから2番目だった。
その後も、休み時間の度に莉心が、私の席にやって来てずっと話していた。
帰りも直斗と一緒で。
家の前で別れた。