県内唯一の水族館なので、小学校でも中学校でも、もちろん家族でも何度も来たことがある。
大きくリニューアルされるようなこともなく、懐かしさと同時に古さも感じる場所だ。

それでもさすがに夏休み中の日曜日。
駐車場がいっぱいになるくらいとても混んでいた。

中身は昔見たものとさほど変わっておらず、しかも人混みでなかなかいい位置では見られない。
間違いなく、過去最悪の環境だった。
だけど、

「自分の中でものすごくハードルを下げてたせいか、思ったよりずっときれいだね」

「うん」

これは私自身とても意外だった。
大きな水槽を魚が泳ぐ、それだけでもう十分楽しかった。

隣を見ると、若村君も人の頭越しにぼんやりと水槽を見ている。

「若村君、説明とか読まないの?」

なんとなくそういうのをちゃんと読んで知識を吸収するタイプだと思っていた。
だけど若村君はとても嫌そうに顔をしかめる。

「あとで感想文でも書かせるつもり?」

「いや、そういう意味じゃないんだけど、ちょっと意外で」

「今はただ純粋にこの空間を楽しみたいよ」

納得して私も水槽に目を戻したのだけど、分厚いガラスと暗い照明のせいでだんだん頭がクラクラしてきた。

「ごめん、ちょっとここ出るね」

順路に従って移動しようとするも、私が曖昧にフラフラしていたせいで次々に人にぶつかってしまう。
「すみません」を繰り返しながら進んでいくと、駆け寄ってきた若村君が私の手を握って誘導してくれた。

キスは何度もしたのに、手をつなぐのは初めてだった。
若村君の手は骨ばって冷たい。
春之のものとは違う、と一瞬思ったのを急いでなかったことにした。

小さな罪悪感で少し大胆になった私は、自分から若村君の指に指を絡ませる。

「ごめん。ありがとう」

少し顔を赤らめる若村君に、あえて笑顔で声をかけた。

若村君の手が力を込めて私の手を握る。
きっといつか見たカップルの手のように指先が白くなっているに違いない。

少し痛いくらいのその力が、ただただ心地よかった。