「春之」

つぶやくように呼びかけると、春之はゆっくりと私に視線を合わせて「ん?」と首を傾けた。

「私ね、ずっとずっと春之が好きなの」

積年の想いを根こそぎ摘み取っても、言葉だけは単純だった。
だけど私から春之に話すことなんて、もうそれしかない。
学校であった出来事も、昨日みたテレビの話も、ありもしない妄想も、出てこない。
春之への気持ちに気付いてから、私の中は切り落とされた爪の先ですらその気持ちでいっぱいなのだから。


私の放った言葉は速度が遅かったのだろう。
春之に届くまで、少しだけ時間がかかっていた。

困ってくれればいいと思った。
うろたえてくれればいい。
強く突き放して決定的に望みを断ってくれたら、私は前に進めるから。

ところが、ようやく届いた私の言葉に春之はふわんと笑った。

「ありがとう。俺もあいちゃんが好きだよ」

そう言って、指輪のされた大きな手で軽くぽんっと私の頭を撫でた。

大好きな春之の手だった。
大好きな声だった。
大好きなぬくもりだった。
大好きな笑顔だった。
何も変わらない、思い出の中にあるとおりの。

私の中の春之を毛ほども裏切らないその姿が、とてもとても悲しかった。


春之が私に与えた絶望は、私が期待したものと違っていて、もっとずっと辛辣だった。