「それでは誓いのキスを」


今まで存在すら意識していなかった神父さんの言葉が、そこだけくっきりと耳に入ってきた。

え?キス?
本当に?本当にキスするの?

テレビやマンガでしか見たことがないキス。
動揺して整理がつかない私のことなど当然待ってくれるはずはなく、少しかがんだ紗英さんの軽やかなベールを春之が上げる。

紗英さんの華奢な肩をやさしく春之は掴んで、ためらうことなくすーっと顔を近づけた。


キスという言葉が持つ恥ずかしさや嫌らしさのまったくない、ただ少し触れるだけの、風が花を揺らすような、そんな自然体のキスだった。

とても春之らしいキスだった。


1秒にも満たないその光景が私に与えた衝撃。
それは私の短い人生では表現できる言葉を教わっておらず。
せいぜい砂の滑り台が一瞬で崩れ去るような、それより千層倍もショックな出来事だった、と言うしかない。



歌ったことのない賛美歌を機械的に歌い、母に背中を押されて歩いた感覚もないままチャペルを出た。