ナイルターシャさま……?
カイルは信じられない思いでいっぱいだった。
その人の名は文献で見たことがある。
けれどそれは、今から何百年も前のことを書いた文献だったはずだ。
いや、おそらく子孫か何かなのだ。
目の前に座るこの若く美しい女性は、『稀代の巫女姫』として名を残すあのナイルターシャの子孫なのだ。
きっと…………。
扉の前でぶつかりそうになった後、「井戸に水を汲みに行く」という彼女の手伝いをし、さらには今夜の薪(タキギ)が乏しいというので林に入って木を切り倒し、薪割りを手伝った。
そしてようやく家に入り落ち着いたのは、空が夕焼けに染まる頃だった。
カイルが文句ひとつ言わず雑用を片付けている間、大司祭はいっさい手を出すことはなかった。
夕飯のシチューが、暖炉に掛けられている鍋からいい匂いを漂わせている。
そして焼きたてのパンがテーブルに置かれた。
ナイルターシャと呼ばれた女性は魅惑的な笑みを浮かべて、
「よく手伝ってくれたお礼だよ。さあ、召し上がれ」
と言いいながらカップにお茶を注いでいる。
「ナイルターシャさま、どうぞおかまいなく」
大司祭は口では遠慮するようなことを言いながら、さっそくパンに手を伸ばしている。
「私の顔に何か書いてあるかい?アルファラ家の坊や」
食事に手を付けることもせず、ナイルターシャを見つめていたカイルは、慌てたように首を振り、顔を赤らめながら「申し訳ありません」と言って頭を下げた。
それに対して彼女はくすりと笑うと、
「よい。若く見目良い男に見つめられるのは非常に心地いいからな」
と冗談とも本気とも取れぬ口調で言った。
そう言われたカイルは「はあ……」としか相槌を打つことができず、そこで思い出したようにスプーンを手に取った。
まだそこは20歳そこそこの彼だった。
いい匂いを嗅いで、途端に空腹を覚えた。
もう十分夕飯の時刻。
(随分長居をしたものだ)


