広間での憂鬱な気分は、すっかりどこかへ飛んでいた。
彼が隣に座るのを感じた。
そしてヴァイオリンを奏で始める。
(ああ、何度聞いても素敵……)
彼にそのつもりがなくても、自分のために弾いてくれているのではないかと錯覚してし
まいそうになる。
(わたしはただ彼の練習にお邪魔しているだけなのに)
弱っている心に染みとおるような音だった。
曲が終わっても、蘭はその余韻に浸っていた。
すると彼がおもむろに声を掛けてきた。
「泣いてるの?」
「え?」
思わず振り返りそうになり、すんでのところで留まった。
なんで泣いてるって分かったんだろう。
彼には分からないようにしていたつもりだったのに。
「何か辛いことがあった?」
彼には何も話していない。
蘭がどういった経緯でここに来たのかも、彼女がどんな立場なのかも、彼は何も知らない。
だから、「曲があんまり素敵だから……」とごまかした。
すると彼は小さく笑ったようだった。
「俺と君は、お互いのことを何も知らない。でも知らないからこそ、分かってしまうこともあると思うよ。……この曲を聴いて泣く人は、何か辛いことがあった人だから……」
蘭は声を上げて泣いた。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうかと思うくらい泣いた。
泣いたら負けと思っていたのに。
そんな頑なな心を、この人はいとも簡単にほぐしてしまったのだ。
ヴァイオリンの力か。
この人の人柄か。
彼が隣に座るのを感じた。
そしてヴァイオリンを奏で始める。
(ああ、何度聞いても素敵……)
彼にそのつもりがなくても、自分のために弾いてくれているのではないかと錯覚してし
まいそうになる。
(わたしはただ彼の練習にお邪魔しているだけなのに)
弱っている心に染みとおるような音だった。
曲が終わっても、蘭はその余韻に浸っていた。
すると彼がおもむろに声を掛けてきた。
「泣いてるの?」
「え?」
思わず振り返りそうになり、すんでのところで留まった。
なんで泣いてるって分かったんだろう。
彼には分からないようにしていたつもりだったのに。
「何か辛いことがあった?」
彼には何も話していない。
蘭がどういった経緯でここに来たのかも、彼女がどんな立場なのかも、彼は何も知らない。
だから、「曲があんまり素敵だから……」とごまかした。
すると彼は小さく笑ったようだった。
「俺と君は、お互いのことを何も知らない。でも知らないからこそ、分かってしまうこともあると思うよ。……この曲を聴いて泣く人は、何か辛いことがあった人だから……」
蘭は声を上げて泣いた。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうかと思うくらい泣いた。
泣いたら負けと思っていたのに。
そんな頑なな心を、この人はいとも簡単にほぐしてしまったのだ。
ヴァイオリンの力か。
この人の人柄か。


