息を吐くよう柔らかく唇が弧を描く度に、わたしの愛する海の色をした双眸が細められる度に、胸の高鳴りを感じて苦しかった。それなのに、彼の笑みは何よりも格別に私に幸せをくれた。

私に向ける笑みは私にだけ向けられた笑みだったのか、それとも最愛の妹に向ける笑みだったのか、それは分からない。それでもいい。それでも私は幸せだった。


 彼の唇に手を伸ばし、人差し指で触れた。思ったより柔らかいそれが私の心を揺らす。一際煩く主張する心臓の音とそれと共に締め付けるような痛みが綯い交ぜになって鼻の奥がつんとした。


「さようなら」


別れを零したと同時に雫は落ちた。一瞬の出来事に頭がついていかず、目を見開く。でも、それが涙と理解するにそう時間は掛からなかった。このままでは気付かれてしまう。名残惜しくも彼の寝室を出て、お世話になった彼の家を出た。

先程帰ってきた同じ道、同じ景色、同じ匂いを辿るように歩く。違うのは夜明け前の、今日の始まりの色が少し混じったような空をしていること。

ふらふらとしたぎこちない足取りで辿り着いた先は水平線の向こうからもう日が昇り始めた海だった。誘われるように砂浜と海の境界線に向かう。

何かが足に当たった。歩みを止めて、下を見ると貝殻が転がっていた。