誰かと接するのが苦手なのにいつも私の傍にいてくれるところ。退屈している私を連れ出してくれるところ。あまり笑わない彼が気の抜けたようにふわりと笑みを浮かべるところ。

全て私の心を揺らして離さないんだ。目覚めるといつも鼻腔を擽る作りかけの朝食のいい香りと包丁の音がして、キッチンへ行くとおはようと言う君との時間が、どれほど幸せかなんて君は知らない。

溢れるほどの想いはあるのに、それを彼には伝えられない。だって、どうしてもうすぐいなくなる私が好きと言えるだろう。彼に私を刻み付けていなくなるなんてこと考えられない。

彼は妹を亡くし、ずっと苦しんでいたのに、これ以上重たいものを背負わせたくない。妹に似た私がいなくなるなんて、最初から分かっていたとしても、彼が苦しむことくらい分かっている。

それならせめて、傷跡が残らないように終わりを迎えたい。それだけが奥底で燻る恋情を抑える唯一の枷だった。


 自室の扉を開き、机の前の椅子に腰かける。窓から覗く空はまだ暗かった。最期の日にゆっくり眠るなんて選択肢は最初からない。机の引き出しから一枚の便箋と封筒を出した。

薄い水色が綺麗なそれに惹かれて見ていると、似合っているからと買ってくれた。その大切な宝物で伝えよう。感謝と別れを。そして一つの願いを。