好きになれとは言ってない

 



 帰りになくとなく立ち寄った真尋の店の入り口で、遥は固まる。

「だ、大魔王さまが……」

 大魔王様が茶碗を洗っておられる……。

 腕まくりとかされて。

 ああ、めくったシャツから覗く腕も筋肉質で素敵。

 つい、そんなことを考えてしまい、やはり、私はみんなが言うように、筋肉フェチだったのだろうかと思ってしまった。

 いや、筋肉が好きだから、課長が好きなのではなく、課長が好きだから、じっと見つめていて、筋肉の美しさに気がついたというだけなのだが。

「遥、口から出てるぞ」
と顔を上げた航に言われ、

「えっ、筋肉の話がですかっ」
と言って、近くに居た例のカウンターの女性に笑われた。

 ……そこは出ていなかったようだ。

 仕事と同じように、手際よく食器洗いをこなしている航が笑い、
「大魔王さまはやめたんじゃなかったのか」
と言ってくる。

 そ、そうですね。
 一応、付き合っているわけだし。

 大魔王様はないですよね、と思う。

 ま、未だに、
 ほんとに私たち、付き合っているのですか?
 という感じの関係ではあるのだが。