好きになれとは言ってない

 航は手びねりの小さなグラスを手に言う。

「会社にトラブルなく、本人にもあまり不満が残らない形で、十人選んで辞めさせることは容易じゃない。

 いよいよとなったら俺がと思っていたんだが」

 その言葉を聞いて、遥は、やっぱりか、と思っていた。

 最初からそのつもりだったのだろう。

 誰もが嫌がるリストラ課長の役目を背負った、そのときから。

 でっ、でも、私は嫌ですっ。

 課長が職場から居なくなるなんてっ、と動揺しながら、遥は言った。

「辞めてどうするんですかっ?
 自衛隊員か、消防車にでもなるおつもりですかっ?」

「……消防車になってどうする」

 そう航に冷静に言われ、
「しょ、消防士です。
 すみません」
と動揺したまま訂正したのだが、

「いや、なんでその二択だ……?」
と訊かれてしまった。

 いえ、そういうイメージなんですよ、と思ったのだが、そうとは言えず、

「か、身体を鍛えられるのが趣味、とお聞きしましたので」
と畏まって答えた。