好きになれとは言ってない

 だが、それは、自分が最も危惧していた状況だった。

 もう終わってしまった話なのだとわかっていて、心配で見つめてしまうと、航は、
「阿呆か」
と言いはしたが、黙って見上げている遥の顔を見て、少し笑った。

 ……なんかその顔好きだな、と思ったとき、航は言った。

「いや、帰ってよかったと言われたんだ」

「え?」

「実家に帰って、家業を手伝ってよかったと。

 長くわずらっておられたお父さんが亡くなられたんだそうだ。

 落ち着いてから、真尋の店の近くにある親戚のところに、ちょっと出て来られたそうなんだが。

 ちょっとの間だけど、親と一緒に仕事ができてよかったと言っていた。

 定年を待っていたら、間に合わなかったと」

「課長……、良かったですね」
と微笑むと、

「でも、こんなことはそうないからな」
と微妙な顔をする。

 嬉しい反面、自分が辞めさせた他の人がどうなっているのか、余計に不安にもなったのだろう。

 でも、少し笑っていた。

 近くの店で、その人の話を遅くまで聞いていて、寝不足だったらしい。

 それを聞いたとき、私、やっぱり、この人が好きだな、と思った。