好きになれとは言ってない

「課長が寝不足だなんて、夕べはなにしてたのかしらね」

 後ろから、両肩をつかみ、
「女かしら。
 女じゃないの?

 女ね」
と耳許で暗示をかけるように言ってくる。

「亜紀さん、やめてください。
 変な霊みたいになってますよ」

 人を不幸にいざなう給湯室の地縛霊かなにかのようだ、と思いながら、遥はその手を軽くはたいた。

 お母さんに晩御飯はいりません、と連絡しなければ、と思ったあとで、そういえば、最近、外食続きだが、お母さん、何故かなにも言わないなと思っていた。

 前は家で食べない日が続くと、文句を言っていたものだが。

 いや、それより、課長の話、なんなんだろうな、と考える。

 ただ呑みたいだけとか言うのならいいのだが、と思いながら、また、人事の方を窺った。

 航の姿は壁の陰になり、見えそうで見えない。