好きになれとは言ってない

 航が、さすがに、
「……おい」
と言ってきた。

「い、いえ、その。
 ……あ、怪しいものではありません」
と焦って、よくわからないことを言ってしまうと、

「死ぬ程怪しいが」

 これが噂の壁ドンか、と言われてしまう。

 手はついてないですよ。
 壁際に追いつめただけですよ、と思いながら、

「なんで逃げるんですかっ。
 大魔……

 課長っ」
と言い直すと、お前、今、大魔王様って言おうとしたろ? という目で航は遥を見た。

「……過ぎた」
「はい?」

「俺の降りる駅」

「あ……」
と遥は振り返った。

 すみません、と言おうとしたのだが、航は溜息をつき、
「降りるか」
と言ってきた。

「時間大丈夫なら。
 呑み足りなかったんだ」

 ちょっと付き合え、と言いながら、航は立ち上がる。

「は、ははははは、はいっ」
と返事をしながら、嬉しいような、叱られそうなような、と鞄を抱き締める。

 さっさと降りてしまう航について、遥は慌てて次の駅で降りた。