好きになれとは言ってない

 そして、私は今日も車庫に入っていって、車掌さんやお掃除の人に、
「うわっ」
と驚かれるのだ。

 いっそ、そっちが現実のような気もしてきたが、これは夢ではない、と自分の手が知っていた。

 っていうか、こんなに長い間、こんなにしっかりと男の人に手を握られたの、初めてなんですけどっ、と思う。

 学校の行事で手をつながざるを得なくても、中学生を過ぎた頃になると、みんな、恥ずかしそうに、そっと触れるくらいになってくるから。

 大魔王様の手は、肩幅と同じくらいがっしりとした造りの、熱い手だった。

 そんな航の手の熱を感じながら、男の人は体温が高いから冬はこたつ代わりになるってえみちゃんが、とよくわからない考えが頭をぐるぐる回る。

 ふいに、前を歩く航が歩くペースを落とした。

 目の前に、明るい光がある。

 住宅街に、ぽつんと喫茶店があった。

 その光だ。

 その明るさとこの新しい住宅地に馴染んだ、お洒落な感じに、ほっとしていると、中から男の人が出て来た。

 暗がりでよく見えないが、背の高い細身の男のようだった。

 看板の灯りを消して、しまおうとしている。

「真尋(まひろ)」
と航は彼に向かい、呼びかけた。

「なに?
 今、来たの?

 もうオーダーストップだよ」

 真尋と呼ばれたその青年が顔を上げて言う。