好きになれとは言ってない

 ひゃーっ、と寝ているニワトリも飛び起きそうな声を上げかけたが、すぐに大きな手で口を塞がれる。

「莫迦かっ、俺だっ」
と、頭のすぐ上で航の声がした。

「あ、大魔王様」

 つい、ほっとしてそう呼んでしまう。

「……お前、陰で呼ばれているだけのはずの俺のあだ名が口から出てるが、大丈夫か」

 す、すみません、と思いながら、うつむいたとき、手を握られた。

「迷うな、こんな簡単な道で」
と言いながら、そのまま、航は遥の手を引き、細い路地へと曲がっていく。

 が、街灯もあまりないのですが。

 私は何処へ連れていかれるのでしょうか。

 低いブロック塀の上。

 ちょうど目線の高さを、ととととっと青白い月明かりに照らされた白い猫が歩いていく。

 不思議な町にでも迷い込んだような、なんとも幻想的な光景だ。

 夢かな? とふと思う。

 私、本当は、あのまま電車で、本を読みながら寝ちゃってるとか。

 そして、薄情な大魔王様は私を置いて、さっさと降りてしまったに違いない。