翼が折れても……




「「うわぁぁぁあああああーっ!!」」


この時になってやっと観客の声が聞こえた。


「……ハァハァハァハァ、んっ。や、やったー。」


四方を囲む観客に頭を下げる。

……実感がない。

凄い演技を出来たはずなのに、まるで私じゃないみたいで。

シャー……シャー……。


「紗羽ちゃん!!」

「白羽コーチ……。」

「凄い!!本当に凄かった!!」

白羽コーチの方がなんか熱くなってて面白い。


「白羽コーチ。私、実感がないんです。
たぶんゾーンに入ったんだと思うんですけど。」

「ゾーン!?」

「演技中、観客の声が聞こえませんでした。
それに頭の中は真っ白なのに、身体が勝手に動いてたんです。」

「……凄い。
私も1度だけ入ったことがあるわ、ゾーン。それは、最後のシーズンのグランプリシリーズ中国戦。
私もそんな感じだったなぁー。」

その時の白羽コーチは、前年から調子が崩れ、引退を表明した。

引退表明後すぐの大会がグランプリシリーズ中国戦。

そこで白羽コーチは、自己ベストを出し優勝。

しかし、ファイナルではメダルを逃した。


この中国戦を世間では、フィギュアスケートの神がこれまでの栄誉と努力を讃えたと言った。

ゾーン。
選手人生でも1度あるか、ないか。

それをシニアに上がってすぐ経験できるなんて。

得点のことを忘れて、ゾーンのことばっか考えていた。