「早く逃げるぞ咲!旅館が崩れ始めた!」


威勢はいいものの足の怪我のせいで上手く走ることは出来なく、私の肩を借りて早歩きでその場から立ち去ろうとする。
玄関を出て大門を潜ろうとすると、大門の横にある大きな木の所に色んな所を刺され、切られて横たわる源太さんがいた。既に息はしていなく、静かに目を閉じていた。その周りには今まで世話をしてくれた愛する飼い主をせめてもの思いで安らげようと、顔なんかを舌で舐める番犬がいた。さっきまで荒っぽかった犬は今では飼い主を愛する忠犬となっていた。

そんな場面を見せられ、心が苦しくなりながらも私達は大門を抜けた。この外へ出るのに本当に色んなことがあった。何度も死にかけ、外の空気はもう二度と吸うことは出来ないと思っていた。空は星が輝き、正に絶景そのものだった。
数時間ぶりに吸った外の空気はとても気持ちよく、今まで血や死体の死臭で漂っていた環境にいたものだから、この空気の有り難さを身体全体で感じ取った。

たが、この空気を少し濁らせている煙が少し邪魔をする。まるで旅館は意志を持っていて、瀕死になりながらも私達をここに留まらせるように足掻いているようにも思えた。
癒さす目的で建てられたこの旅館は苦しみと悲痛を与えることしか出来なくなっていた。

赤い炎は奥までは見えないが旅館全体に広がっているのは何となくだが分かる。屋根が崩れて、木々が燃えて崩れている音は悪魔の旅館の叫び声に聞こえた。