風の子坂を駆けぬけて



卒園式での明日香と健の事を思い出すと、明日香にはまだ声を掛けにくくなっていた。



書いて欲しくないわけではないが、彼女の周りにはいつも色んな子がいて、常に笑い声が絶えない。

引っ込み思案な知優にとっては、そんなことも声を掛けられない理由だった。





今日も無理かなと、休み時間に机の引き出しから出さずに、ぼーっとプロフィール帳を眺めていたある日のこと。



「ちゆー!わたしまだ書いてないよ!って、さっきくーちゃんから聞いた」


無邪気な子犬のように、どこからともなく知優の席に飛んできた明日香が言う。


あの二つ結びの髪を弾ませながら。


「ちょーだい!すぐ書くね!」


「あ、」


こっちの言葉も待たずに、紙を受け取るなり、明日香はまたすぐに走って行ってしまった。




知優としては実に願ったり叶ったりな訳で、急な出来事にあっけにとられつつも、内心ではほっとしていたのだった。