洗われた髪の毛を乾かされ、霧吹きにて濡らされ、髪の毛全体が切られていく。
「お兄さん、亡くなったんだって?」
それまでずっと静かだったこの空間だったけど、それをお兄さんが破った。
「………聞いたんですか?」
「うん。ごめんね、勝手に。
2年半前…だっけ。
それから髪の毛放置してたでしょ。」
「………はい。
昔は友達とおしゃれをするのが好きでした。
友達と美容院に一緒に行って、買い物をして、その帰りに私を心配して迎えに来た兄が事故死しました。
………だから、私がオシャレなんか好きにならなければ…
友達と遊んだりしなければよかったって後悔して、それからおしゃれはしないことにしたんです。
兄に申し訳なくて…」
「そっか。
………でもさ、お兄さんはそんなこと、望んでないんじゃないかな。
桜子ちゃん、だったよね?
桜子ちゃんを庇ったってことはさ、お兄さんは桜子ちゃんに人生もっと楽しんでほしかったんじゃないかな。
好きな人つくって、恋愛して…
いつも歩いてる道でもさ、毎日なにかを見つけるだけで楽しくなるじゃん。
同じ自分でもさ、真面目な桜子ちゃんがいれば、おしゃれ楽しむ桜子ちゃんがいたっていいと思うけどね、俺は。
俺はこの業界で成功したけど、やっぱり真面目な自分と楽しんでる自分、適当な自分、人任せな自分、いろんな自分をちゃんとわかってるからこそだったと思うんだよね。
だからさ、おしゃれしたくなったらいつでもおいでよ。」
「………はぁ…」
「あれ、あんまり気が進まない?」
「だってここ、あんまり予約とれないって有名ですよ。」
「あぁ、でも俺は空いてるから大丈夫。
俺、一見さんお断りだから。」
「えっ」
「はは、偉そうでしょ。
まぁこれでも俺店長で経営もしなきゃだから忙しくてさ~。」
おしゃれ楽しむ自分に、適当な自分に、人任せな自分、か………