私は課長に、さようならと別れを告げて、駅に向かおうとした。

「そっちじゃないうだろ。こっちに来い」

長い腕が伸びて来た。
呼び寄せられて、抱きしめられた。

彼の腕力がこもり、ギュッときつく抱きしめられてる。

「話は、まだ終わってない」
課長は、私の手を取って軽く唇で触れると、腕を捕まえて歩き出した。

駅とは違う方向。
彼の家に向かう道だ。


私は、彼に引っ張られて彼の部屋まで来る。

「さあ、入って」

「えっと、今日は止めておいた方が……」
もう、十分深みにはまってる。
抜け出すなら、早い方がいい。

「そんなの認めるわけないだろう?」

後ろから伸びてきた腕にもう一度抱きしめられた。
彼が、自分の体を押しつけてくるのが分かる。


「話すことなんか、なにもありません」
彼は、向き合うように体の位置を変えた。

「じゃあ、こっちから質問する。天野からどうやって情報を聞き出した?」

「喫茶店でおしゃべりして」
全身を眺めるように、じっと見つめる彼。


「天野は、そうはいってなかったぞ」
天野?
言ってない?まさか。

「彼に会ったんですか?」


「ああ、会ったよ」
彼に会ったんなら、課長はもう、何もかも知ってるんだ。
厳しい彼の顔つき。
すべてわかってるっていう目。

目の前が、真っ暗になる。

「知ってるなら、言わなくてもいいでしょ。その通りだもの」
課長が、言い訳なんか聞いてくれるはずがない。


「一晩中、ホテルで一緒だった。二人ともベッドで過ごしたそうだな」

心臓が飛び上がるほどドキッとした。
実際、天野君とはベッドで寝ていただけで、何もなかったけれど、すごくいやらしく聞こえる。

「私は、あなたの彼女じゃありません。誰と、どう過ごそうと、あなたに伝える義務はないです」
多分、これで……
この人との関係も終わりだ。

自分がやったことだ。
誰かのせいにすることはできない。

「ちょっと、来い」