そんなに好みでもなかったはずのヤツの容姿なのに、今日は見ただけで恐ろしく心臓が鳴り出した。
ヒィ!乙女ひばり作動!!
「酔いどれ都に行ったら、春野さんが今帰っていったって女将さんに聞いて。駅に向かってるかなーと思って歩いてたら、暗闇のなか1人で空を見上げてる不審人物を発見したんです」
乙女ひばりを一瞬にして打ち砕く「不審人物」呼ばわりをした神宮寺くんをひと睨み。
私がメデューサだったら今すぐにお前は石化だぞ!
そんな偽メデューサはよろよろと立ち上がった。
少し伸びてきた前髪をうざったそうに指でつまんだ彼は、白い息を吐きながらチラリと私の手元を見やった。
「ウミガメがバッグにくっついてたんで、春野さんだってすぐに分かりました」
「あ…………なるほど」
ウミガメのキーホルダー、役に立った!
「短い距離ですけど、駅まで送ります」
歩き出した神宮寺くんの背中を、ちょっと戸惑いながら急いで追いかける。
内心は嬉しいんだけど、でもなんか申し訳ない。
「いいの?酔いどれ都で飲んでいかないの?」
「駅まで送ったら戻ります」
「そんな!駅なんてすぐそこだからいいのに」
「遅いし暗いから防犯上の配慮なんですけど、そこまで言うなら送るのやめます」
「えっ、い、いや、ちょっと待って送ってくださいお願いします」
半分ヤケクソで言い捨てた私を見て、ヤツが笑った。
三角の目になって、目尻に笑いジワが出来て。ついでに人懐っこさが溢れる、あの不思議な笑顔。
睨まれていないのに、体が石化して顔が赤化した。
ダジャレになっちゃったのはご愛嬌。
薄暗いから顔が赤くなったのは、ヤツにはバレていないと思うが。
本音とタテマエは、使い分けが難しい。
この男に一本取られるとは思わなかった。
「はい、借りてたハンカチ。ありがとうございました」
駅まで歩きながら、最後に食事した時に彼に貸したレースハンカチが綺麗に洗濯してアイロンまでかけられた状態で、神宮寺くんから渡された。
ハンカチを受け取り、バッグにしまう。
それと同時に気づいてしまった。
そうか、私を追いかけてきてくれたのは、このハンカチを返すためだったんだと。
膨らんでいた期待の風船が、しゅんと萎んでいくのを感じた。
あぁ、そうだよね。
駅まで送るっていうのは彼のタテマエ。
ハンカチを返すのが本音。
悲しいけれど、これが私と彼の現状。
縮むどころか広がりしか見せない距離感に絶望すら感じつつ、寒い夜道を2人並んで歩いた。
………………乙女ひばり、撃沈。



