私はこれまで逃げてるつもりなんか1ミリも無かった。
むしろ真正面からぶつかってるくらいの気持ちだったのだけれど、神宮寺くんがそう受け取っていなかったのであれば違うのかもしれない。
常に冷静で斜めから物事を眺め、どんなことにも動じず、たいていのことは鼻で笑って交わす姿しか見たことがなかった私には、今の彼の姿は心臓に悪くて熱がまた上がりそうだった。
「お腹空いてるかもと思ってコンビニで弁当を買ってきたんですが、玄関に置いてきてしまったので」
と、神宮寺くんは私を囲ったまま微笑んだ。
「弁当は後にしましょう」
「い、いいっ。今!今食べたい!」
腕の中で抵抗する私の手を掴んだ神宮寺くんの顔がぐいっと近づいてきて、唇が重なる。
そっと重なるだけのキスを数秒。
短いキスなのに、ものすごく長く感じた。
静かな部屋に、私の鼓動だけが響いてるみたいで恥ずかしい。室温は上がってないはずだけど、顔はきっと真っ赤だろう。
もうこの数秒で抵抗をやめた私は、自分から離れていく彼のあっさりとした顔をぼんやりと見つめていた。
「弁当は後で、でいいね?」
確認されて、弱々しくコクンとうなずく。
次の瞬間、私の両頬は彼の大きな手で包まれ、再び唇を奪われた。
彼の手はとても冷たかった。
まるで夢に出てきた保冷剤のような冷たさで、体の芯まで痺れるほどの威力を持っている。
外は大雪だって言ってた。
それでも風邪を引いた私を心配して来てくれたんだ。
さっきのキスよりも、少し乱暴で激しい。
緩んだ唇の間に入り込んできた彼の舌が、なかなか消えてくれなかった私の理性をどこか遠くへ吹き飛ばしていく。
「ん……、売れ残り……」
「………………は?」
息切れしそうなキスの隙を見つけて言葉を漏らすと、水を差されたと思ったのか神宮寺くんが訝しげに眉をひそめた。
「売れ残り……だよ、私。もう何年も彼氏いないし、今年で30歳になっちゃうし……」
額と額をくっつけているのに、こんなに近い場所にいるのに、情けない言葉ばかりが口をついてしまう。
後輩にも両親にも言われた「売れ残り」。自分でだって分かってはいたけれど、やっぱり自信を無くしてしまっていたんだと思う。それがなけなしの自信に過ぎない、微かなものだとしても。
すると、神宮寺くんがフッと鼻で笑った。
でも、バカにしたような顔ではなく、愛しさを込めたそれで。
「しょうがない人だな」
「………………私でいいの?」
「いいんです。俺が買い取ります。……他の誰にも渡したくないので」
あぁ、こんなに幸せな瞬間が、私に訪れるなんて。
売れ残っていて良かったって思える日が来るなんて。



