(蒼のマンション)


蒼 「はーっ。ただいまー」
茜 「蒼ちゃん、おかえり。
  ん?何だかお疲れモードだね」
蒼 「うん。凄く疲れた」
茜 「そうか。蒼ちゃん、会社で何かあったの?」
蒼 「うん。でもいつものことだから」
茜 「ご飯出来てるよ。
  今日は茜特製キーマカレーにしたわ」
蒼 「茜、いつもありがとう」


この子は金賀屋茜(かねがやあかね)、26歳。
実は一卵性双生児の妹なの。
故郷の岡山を離れて、この2LDKのマンションに二人で暮らしてる。
私と違って妹の茜は、活動的でオシャレ大好き。
仕事も雑誌のモデルとブティックの店員をやっていて、
二つ年上の彼氏もいる。
普通、一卵性の双子ってのは同じDNAを持っててよく似てる。
芸能人で言うと、マナ・カナやザ・タッチみたいに、
端から見ても見分けがつかないことが多いのに……
茜と私は、性格は根明と根暗、ポジティブとネガティブ。
名前も赤と青と対照的。


茜 「ねぇ、この絵どうしたの?」
蒼 「ああ、それね。
  会社帰りに美大のストリートアーティストに貰ったの」
茜 「へえー。素人のわりに上手じゃない。
  あっ!もしかして蒼のいい人?」
蒼 「違うよ。あんな生意気な奴……
  人生に絶望なんかするか!」
茜 「ん?何怒ってんの?早く食べよ」


仕事帰りの出来事を話しながら、茜の手料理を頬張る。
きっと妹は良いお嫁さんになるだろう。
でも私は彼氏もできず、仕事でも上司に叱られてばかり、
そしてこのままいけばずっと一人身でいるかもしれない。
自分の行く末を想像すると私の人生は暗黒で、
あの美大生が言うとおりかもしれない。
ぶっきらぼうに「ごちそうさま」と言って食器を下げると、
「私が洗うからおいといて」という茜の柔らかく優しい声。
比べれば比べるほど自分が惨めに感じる。
私はそそくさとお風呂を済ませ、
リビングでラブコール中の茜を横目で見ながら部屋に入る。
そしてデスクの上に貰った絵を飾った。




(蒼の部屋)


蒼 「何が寝る部屋に飾ってよ。いやらしい」

ベッドの上に寝転び、枕を抱えて絵を眺めた。
何度考えても不思議で、何度思い返しでもムッとくる。
でも、何度見ても癒される素敵な絵。
私はその絵を見守られながら、そのまま眠りについた。



(蒼の夢の中)

蒼 「ここはどこ?何?この白いカーテン。
  この向こうに何があるの?
  え!?……何で私は上半身裸なの!?
  こんなシーツみたいなのにくるまって、どこに座ってるの……」
講師「はーい。皆さん、用意はいいかな?
  君たちの手元にあるその白色の世界に、思い切り表現してみよう。
  タイトルは『人生に絶望する苦悩女性』だ。
  制限時間は45分。さあ、始め!」


聞きなれない男性の声が響き渡り、
目の前に引かれていたカーテンが開かれる。
私の視界に飛び込んできたのは、
私を取り囲み食い入るように見つめる人の群れだ。


蒼  「へっ……ひぇー!凄い人だかり!
   ここってどこ!講堂!?
   スケッチブックとクレパスを持った、人・人・人ー!!
   ぎゃあーっ!どうしょう!」
奏士 「ねえ、赤いメガネのお姉さん。
   君はモデルなの。
   シーツとって、そこに寝そべらないと描けないでしょ」
蒼  「こ、こんな大勢の人の中で、
   そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ!」
奏士 「あのね。アフロディーテ像『ミロのビーナス』や、
   フランシス・デ・ゴヤの『裸のマハ』も、
   西洋美術の作品はみんな裸でしょ?
   ほら、これ取って」
生徒達「早く取りなよー」
蒼  「いやぁー!やめてーー!!」

群集がすごい勢いで押し寄せ、
体に巻いていたシーツを引っ張られた私は勢いよく台から落ちたのだ。
と同時に眠っていたベッドから落ちて、痛みで一気に目が覚める。
しかめっ面の私は唸りながら腰を抑え、机の上に置いていた絵を睨みつけた。


蒼  「痛ったー!
   ん?はぁーっ。夢か。
   あたたたっ……
   この絵のせいで悪夢を見たわ!
   一色奏士ー!
   よくも私の夢の中にまで現れて、
   裸にしようとしたわね。この変態!」

私は部屋の壁時計を見上げてベッドに戻り、
再度大きな溜息をついて布団の中にもぐ込む。
そしてそのまま朝まで眠ったのだった。



翌日の昼休み。
私は会社近くにある憩いの公園で、
親友の満智子といつものように昼ごはんを食べる。
彼女は私のオフィスからツーブロック離れたオフィス用品の専門店、
株式会社グッドステーショナリーに勤めている。
だから休憩時間が合うときは、二人して公園の屋根付きベンチに腰掛けて、
持参のお弁当を食べながら愚痴り合い愛をも語る。
私は大好きなあんぱんをかじりながら、早朝に見た夢の話をした。


満智子「えー。裸にされる夢ね。
   蒼、それって欲求不満なんじゃないの?」
蒼  「えっ。欲求不満?」
満智子「そう。ほら、この本を見て?」
蒼  「夢占いねー。ん?
   『夢に不気味な見知らぬ人が現れたら、
   あなたが克服すべき問題や、自分自身に対するごまかしがある証拠。
   また、それから逃げないように。
   学生が出る夢は自由に対する憧れ。
   他人の前で自分だけ裸でいる夢は、
   不名誉な失敗や挫折を意味する……ふーん。
   おっ!ただし、あなたが現在困難な状況ならば好転し、
   現実の苦しみが反転する可能性のお告げ』だって」
満智子「苦しみが反転って何のこと?」
蒼  「やっぱり転職するべきってことなのよ。
   きっとこの夢はお告げよ……えっ。
   『モデルの夢はあなたの変身願望を暗示し、
   画家の夢は恋心が芽生える兆し』……か」
満智子「そう。その恋心が蒼に足りないから変な夢見るわね。
   仕事もつまらなくなるのよ。
   そろそろ恋をしなきゃね。もったいない」
蒼  「恋。恋なら……してるわよ。
   一方通行だけどさ」


そう。私の一方通行の恋のお相手。
それはこの時間になると公園の先に見えるオープンカフェで、
毎日と言っていいほど食事しているスーツ姿の彼のこと。
しかもいつも通勤電車で一緒になって、彼の隣にそっと立っている私。
同じ道を歩き会社へ向かって、彼の会社は私の会社の向いのオフィスビル。
偶然にも同じ3階だから、私のオフィスから時々だけど、
彼が会社の窓に立って外を眺めたり、外回りに出かける姿が見えるのだ。


満智子「ふーん。
   ただ見つめてるだけじゃ、その恋は実るわけないわね。
   そんなに気になるなら傍に行って話し掛けなさいよ。
   着いてくから今からトライする?」
蒼  「えっ!とんでもない。
   話し掛けるなんて無理だよ。     
   それにきっと彼女がいるだろうし」
満智子「じゃあ、諦めて可能性のある人との恋を探すのね」
蒼  「そんな簡単に見つからないもの」
満智子「それこそ、茜ちゃんに頼んで紹介してもらいなよ。
   モデル関係とか知り合いいるでしょ?
   茜ちゃんの彼氏くんってモデル専属の美容師だよね。
   そういう業界関係の交友って、結構幅広いんじゃないの?」
蒼  「だって……私と茜は全く正反対だから」
満智子「そうかなー。顔は同じなんだし、
   蒼も美に目覚めて磨けば光ると思うけどね」
蒼  「美……美、美。美!美!!やっぱ無理だわ」
満智子「やれやれ。
   蒼、電車男は諦めて現実を見なよ。
   ていうか今のままなら、向こうから見たらあんたが電車女だよね?
   どう考えてもつりあわない。
   高嶺の花だわね」
蒼  「そんなの、言われなくてもわかってるよ。
   でもさ……諦めつかないんだな、これが」

私に美なんて無縁。
それにモデルって仕事も無理。
それにそれに、彼と話せるなんて夢のまた夢。
私はコーヒー牛乳を片手にもち、
袋から取り出したクリームパンをかじりながら、
椅子に座りコーヒーを飲んでいる電車の彼をうっとりと見つめていた。
こんな私が満足を得られる仕事って何だろう。
美に無縁の私のパートナーって、
いったいこの世の何処にいるんだろう。
コンプレックスだらけ私が安心できる居場所って、
この世の中の何処にあるのだろうか……


(続く)