女将さんに呼ばれ、直ぐに姿を現した大将を見て、私は直ぐに椅子から立ち上がって、頭を下げた。

「あ…あの…すいませんでした!」

すると、大将はキョトンとまのぬけた顔をして、「え? どうされやした?」と聞いた。

え?

なんか、予想外の大将の反応に、少し気がぬけてしまう。

「あの…昨夜、私、何か粗相をして、大将にお叱りを受けるのでは?」

「いいえ? 秋さんをお叱りする様な事はなにも有りませんでしたよ?」と大将は笑った。

え?

「本当ですか? 良かったー。 女将さんの牛蒡の味噌漬けが、美味しかった事は覚えてるんですが、後は何も覚えてなくて… でも良かったです。」

「確かに、その話を聞くと、怒りが湧いて来やした!」

え?

さっきまでの優しい顔と違って、大将の顔は仏頂面になってしまった。
そして、大将は、「そこに座ってくんない!」といった。

えーやっぱり怒られるの?

怒鳴られる覚悟して、私は身を屈め、目をギュッと瞑った。

すると、
「さぁ、召し上がって下さい!」と大将の声がして、目を開けると、そこには、鮪が握ってあった。

「え?」

「うちは、寿司屋です。
昨夜は確かに、寿司は召し上がってもらえませんでした。
ですから、今日はしっかり召し上がって貰いやすよ?」

「え? あっはい。
でも、私なんかが頂いて良いんでしょうか?
こちらのお店は、なかなか予約も取れないと伺ってますが?」

「そうですね?
決まった方からの御紹介での、予約でしか店は開けてませんので?」

「じゃ、尚更私は…」

「いえ、秋さんには、昨夜召し上がって頂いておりませんし、寿司屋なのにあいつのお通ししか覚えて無いって言われるのは、あっしのプライドが許しやせん!」

えー
大将のプライド…
私が傷つけたって事?

「あの人のプライドなんて、気にしないで下さい。 昨夜、秋さんに食べて貰えなかったのが寂しかっただけなんですから。
樋口様にも頼まれてるんですよ?」と、女将さんは笑って言う。

え?

「必ず、秋さんが来るだろうからって?
来たら、好きなだけ食べさせてくれって?」

「え? 樋口さんから?」

「樋口様がお連れになった女性(かた)に、あっしの寿司を食べて頂くのが、昔からの夢だったんです。
だから、遠慮しないで、どんどん食べて下さい!」と、大将は笑って言う。

大将の夢?…
昔からの?
だったら…

「あの…大将? 1つ聞いても良いですか?」

「寿司の事でしたら、何でも聞いてください?」

質問する前に、先手を打たれたらしい。
あー… 樋口さんの事は教えないと言うことか?

じゃ女将さんなら?

「女将さん、ひぐ…」

「あっ牛蒡の味噌漬け、お召し上がりになりますか? お持ち帰り頂けるように、準備してありますよ?」

やっぱりこっちも、ダメですか…。

多分、樋口さんから口止めされてるんだろう。
でも、どうして?
そんなに隠さないといけない人なの?