「ねえ、お母さん。お願いがあるんだけど」
和室の部屋で洗濯物を畳んでいたお母さんに私はひょこっと顔を出した。
「んー?なーに?」
今まで自分には無縁だと思ってたもの。
男っぽいし、ふわふわのワンピースも綺麗なアクセサリーも似合わないけど、夏だから。
ちょっと一歩じゃなくて、五歩ぐらい進んじゃってもいいと思う。
「はい。じゃ、手を上に上げて。緩まないようにきつく締めるからね」
「う……」
私はお母さんに浴衣を出してもらった。
お母さんは着付けの免許を持っていて、大事なときには着物を着る。前に紫陽花の模様が描かれた藍色の浴衣を買ってくれたことがあったけど、ずっと桐たんすに眠ったままだった。
「髪の毛短いし背も高いから、ちょっとヘンかな?」
お母さんは帯をぎゅっと締めて、後ろは女の子らしい蝶結びにしてくれた。
「あら、そんなことないわよ。お母さんは葉月が世界で一番可愛いと思ってるから」
「やだ。親バカじゃん」
「はい。できた!」
目の前の全身鏡に映る自分。
お母さんは最後にキラリと宝石みたいな帯留めと牡丹の花の髪飾りを髪の毛につけてくれた。
「いってきまーす!」
何度も何度も鏡を確認して、無駄にくるくると回ってみたりして。私は笑顔で外に飛び出した。
カラン、コロンと下駄を鳴らしながら、先輩との待ち合わせ場所まで歩く。
先輩は私を見てどう思うかな?
結月は志穂とどうなったかな?
心が弾む、恋が生まれる。
そんな夏の夕暮れどき。
――END。



